癒しの神域

〜鳥取縣米子市鎮座賀茂神社天満宮宮司による持論〜


「癒しの神域」へようこそ、いらしゃいました。神社へ参拝すれば自分の心と正面から向き合い、素直になり、精神状態を癒されます。あわただしい現代社会の中で、唯一不安を払拭し心から安らげる所です。「癒しの神域」では日本の歴史の重さと思想に触れて見て下さい。ご意見、感想でもあればお聞かせ下さい。又、敬神生活の上で参考・指針となれば幸いです。

言霊の積極的解釈

日本人は古来より言霊が存在することを信じてきた。現在でもあらゆる場面でその存在を窺い知る事が出来る。生きて行く上で紆余曲折、波瀾万丈の生涯は運命であり、至極甚深。生き様は勤勉実直、言霊による善行を以って敬神崇祖、報恩感謝の心を養う。
〜言霊(ことだま)〜言葉に宿っている不思議な霊威。古代、その力が働いて言葉通りの事象がもたらされると信じられた。

神社の存在

「神社」、「神様」の存在ってどのようにお考えですか?・・・個々に様々の意見をお持ちかと思いますが、神様って本当に居るの?って疑問視した経験は正直言ってあると思います。神を信ずる事は目に見えぬ存在への観念だと解釈しますが、日本の神様と西洋の神様ははっきり違います。近年の風潮に正月は神社へ初詣、結婚式は教会、座禅はお寺、ハロウイン、クリスマス・・・宗教の自由とは言え主体性の無さには呆れます。日本の宗教とは何かと改めて問われると答えられない方が多数居ます。又、貴方の宗教は?と問われ無宗教と答える方も多数居ます。日本人に生まれて、日本の宗教を信仰するのが日本人の在り方であり、今後国際化社会に於いて最も大切な事は「大和精神の確立」が必要ではないでしょうか。戦後、宗教法人として歩まざるをえない事態に追い込まれた神社は、今や一宗教としての位置付けでしかないように見えますが、本来、神道は日本人の生活から自然発生した日本固有の民俗宗教であり、この神道思想を礼拝施設という形式で確立させ、古来よりこの信仰形態を継承してきたのが現在の神社という存在です。自由化した社会や制度が悪いわけではないですが、日本民族が2600年以上の歴史の中で培ってきた精神や信仰心は自ずと日本の神様、所謂神社に帰属するものと再認識頂きたい。では、「神主」、「巫女」はどんな人だと思いますか?特別な人?祈祷師?霊媒師?とか思っている方、少なくないと思います。しかし「神主」や「巫女」と言えども普通の人です。人と神様との仲執りもちです。何方でもなれますが、資格を取得し、専門実習を行う必要があります。所によっては一子相伝、世襲制などとその氏族が脈々と受け継いできた社家で由緒ある神社も多数ありますが、必ずしもこの限りではありません。

職業

如何なる職業であれ「誇り」を持つことが大切でしょう。また、志を抱くことが必要であり、それが「理念」となります。
「誇り}「志」「理念」とは
職業に誇りを持つ事・・・素晴らしいことですね。誇りとおごりは紙一重、誇りを持つ事は謙虚でなければなりません。本来、仕事とは社会に対して奉仕することです。お蔭様で生活が出来ることに感謝する。…と言えども世の中先立つものが無ければどうにもならん!と言う意見もあります。確かに、確立された現代社会での生活を見ますと何をするにも、先ず「銭」が無いと困りますね。だから、「銭」の為に仕事するんだ!と、考えるのは普通の事に感じます。しかし、現状に感謝出来る自分を見つめ直して見て下さい。満足していますか?儲かってますか?幸せですか? 欲求は充足されなくても何かに対して感謝して下さい。感謝が出来れば、何か一つ社会に奉仕してみて下さい。
奉仕の精神
奉仕すると言う表現は、神道思想に由来すると考えられます。歴史を紐解けばその要所要所で覗えるはずです。仕事を通して奉仕する心に誇りを感じたときそれが適職と言えるでしょう。世の中には色んな思いであらゆる仕事をなさってますから一概には言えないと思いますが、この奉仕の精神を持つことからはじめてみましょう。また、志が無いと自分の行先が見えません。何をして良いのか、何の為に働けばいいのか、前途躊躇します。志は高く持つ事が大切ですね。そして、理念がしっかりしている事です。理念とは、自己確立するための支え、つまり、基礎です。基礎工事をしっかり固める為には精神修養が必要となります。

唯心・唯物

「物」と「精神」どちらが先かという論争は以前よりありますが、元来精神によって万物は生れ出でし、精神によって左右されると解釈する事によって難解な諸事も判明すると思われます。

随時更新…つづく